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中国「慰安婦」提訴から30年(弁護士寺沢勝子)

2025-08-04

中国「慰安婦」提訴から30年

2025年8月4日

弁護士  寺 沢 勝 子

 

2024年10月27日の女性差別撤廃委員会の最終見解34項で「戦争犯罪及び人道に対する罪に時効はない」とし、「被害者/生存者の権利に包括的に取り組むことを確保するために、締約国が『慰安婦』に関する国際人権法上の義務を効果的に実施するための取組みを拡大・強化することを勧告する。」としました。

今年、2025年は中国の戦時性暴力に対する山西省の被害女性が、日本政府を相手に謝罪と賠償を求める裁判を起こして丁度30年になります。

訴訟自体は敗訴となりましたが、判決の中で彼女たちが日本軍の駐屯地に銃剣で脅されながら連行され、監禁されて強姦され続けた被害事実は10件中8件の裁判で認定され、裁判所は「その被害の救済のために立法的・行政的な措置を講ずることは十分に可能である。」としました。

2007年の最高裁判決は、14~15才の少女が日本軍の拠点に日本軍と清郷隊によって連行され監禁され、日本兵らによって繰り返し輪姦され、これに起因すると思われる重度のPTSD症状が出たことを認定しています。

ところが、2013年5月、当時の橋下徹大阪市長は、「『慰安婦』制度が必要なことは誰だってわかっている。」と発言、それより前には「暴行・脅迫をして女性を拉致したという証拠はない。」と記者会見で発言しました。大阪弁護士会所属の女性弁護士たちは最高裁判決と抗議文をもって大阪市を訪れ(市長は会いませんでしたが)、事務所は臨時ニュースを発行して配布し、事実と異なること、女性の人権を無視することは許されないことを明らかにしました。

私が尋問を担当した劉さんは、15歳の時に家に来た日本兵と漢奸(中国人協力者)によって連れ出され、後手に両手を縛られ押されながら歩かされて、駐屯地のヤオドン(石造りの部屋)に別に連れてこられた2人の少女と一緒に閉じ込められ、日中は5~8人の日本兵に、夜は隊長のところに連れていかれて強姦され続けました。逃げようにも鍵がかかっているうえ漢奸の見張りがいて逃げられず、トイレは見張り付きで外のトイレで用を足し、食事はアワやトウモロコシ、ジャガイモが入ったスープが1日2回えられるだけでした。この状態が40日続き、全身が腫れる病気になりトイレに行くにも這ってしか行けなくなりました。「人間のようでなくなっている。」と思いました。

見張りの人が「このままでは死んでしまう。」と父に知らせてくれ、父は親戚からお金を借り集め銀貨を日本兵に差し出して家に連れて帰れるように頼みましたが聞き入れてもらえず、体が良くなったらまたヤオドンに戻す約束をしてやっと家に帰ることができました。歩くこともできずロバの背にはいつくばってようやく家に戻ることができたのです。

日本軍は連れ戻しに来ましたが、父は地下の倉庫に隠し、病気を治すためによそに行っていていないと答えたので連れ戻されずにすみました。体は1年半たってようやく回復してきたものの今でも痛みは残っています。

2007年の最高裁判決がPTSDを認定した侯さんのケースでは、14才の時、日本兵と清郷隊(日本軍に協力する中国人兵士)が村に来て村人を集め、村長であり八路軍の幹部でもあった侯さんの父と6人の女性を進圭村の駐屯地に連行し監禁しました。女性達は、ヤオドンに連れていかれて日本兵らによって繰り返し輪姦され続けました。(うち4人は数日後釈放される)侯さんは10日後には歩くことも困難になると、監禁されていた部屋に日本兵が来て強姦されました。また庭に連れ出され大勢の日本兵がいるところで踊りを踊れと強要されたことも何回かありました。侯さんは父が拷問された話も聞きました。母が家畜を売ったり親戚や友人からお金を借りて銀貨を用意し、40日間で解放されました。侯さんの子さんは「母が突然叫んだり、言葉が出なくなったり。優しいお母さんだったのに、突然、棒をもって殴りかかられたりすることもありました。」と言い、裁判を起こして、なぜ母がこんなになったのか分かりましたと教えてくれました。

精神科医の桑山先生が提訴した被害者6人を診察してくれて、被害および被害事実を思いだすことに遭遇することに起因すると思われる重度のPTSD症状が出たと診断し、意見書を提出、これを最高裁も認めたのです。

国は、1、国家無答責(明治憲法の下では国の権力行為によって損害が発生しても国は賠償責任を負わない)、2、時効、除斥期間の経過により損害賠償請求権は消滅した。3、サンフランシスコ講和条約(日中共同声明は同じ)により請求権を放棄した。と主張していました。

2007年最高裁判決は「3の請求権放棄は請求権を実体的に消滅させることを意味するものではなく裁判上請求する権能を失わせるにとどまる。」としました。

従って、彼女たちは皆亡くなってしまいましたが女性差別撤廃委員会の2016年最終見解にあるように国は「被害者の救済の権利を認め、補償、満足、公的謝罪、リハビリテーションのための措置を含む、十分かつ効果的な救済及び賠償を提供すること」が必要なのです。

この地域は1937年10月、日本軍は山西省太原攻略作戦命令を受け占領を開始したが、1940年八路軍の第1次、第2次作戦を受け、1941年、抗日根拠地の覆滅、省境に沿って無人地帯の設置の方針の元、三光作戦(焼きつくし、奪いつくし、殺しつくす)がとられた地域です。同年9月に無人区をすぐ背後に控え抗日根拠地と接する日本軍の最前線基地として進圭村に日本軍事拠点が設けられ、1944年7月に撤退するまで駐屯していました。

戦後補償の問題については、日弁連でも取り組んできましたが、国会議員との懇談会で、中国に関しては亡くなった方を含め、被害が大きすぎて何から手を付けられるのか分からないとのことでした。

カテゴリー: お知らせ, 平和 

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