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クラボウ思想差別事件勝利報告

2005-06-17

思想差別は犯罪だ!

弁護士 河村 学

kurabousyasinn

 

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1 みなさん、「クラボウ」という会社をご存じでしょうか。正式には倉敷紡績株式会社。

明治21年創業・資本金220億円・従業員数約1800人という繊維業界の大手企業です。

この会社。「新しい価値の創造」が経営理念だとしておりますが、会社の内部では、古い、とっくに否定された価値観に基づき、従業員が共産党員であるという理由だけで、差別的な処遇を行ってきました。
しかし、このような行為が今の社会で許されるはずはありません。本件について、裁判所はクラボウの行為が違法であることを明確に認定し、これを受けてクラボウと差別を受けた従業員との間で和解が成立しました。和解の内容は、クラボウが差別した従業員2人に対し謝罪し、かつ、2人で合計8100万円の解決金を支払うというもので、同時に、和解時も在職中の従業員については管理職に昇格しました。

2 どのような差別が行われたか

本件の当事者は2人で、両者とも長年にわたってひどい差別を受けてきました。
伊藤さんは、昭和42年に研究員として入社。それ以降、職場の労働条件の改善などのために労働組合の活動に参加し、また共産党員として国政革新の活動にも積極的に行っていました。
すると、クラボウは、昭和51年に「国内留学」の名目で研究職場を追い出して大学に行かせた上、昭和54年に「国内留学」を終了させたとたん、「原動・工作補助」という現業職につけました。そこで、与えられた仕事は、芝刈り、草むしり、蛍光灯の笠のホコリふきなどでした。その後、平成3年に、現業職から、所長の真ん前の机での新聞の切り抜きなどの仕事に変更された後、平成4年から平成10年までは、周囲をロッカーで囲まれた1.5坪の狭いスペースに隔離するという処遇を行いました。昇格面でも、昭和50年以降今年退職するまで一切昇格させられず(同期・同学歴の社員は皆管理職になっています)、賃金面でも著しい差別を受けました。
また、宮崎さんは、昭和46年に技術者として入社。それ以降、共産党員として国政革新の活動をするとともに労働組合大会で「民社党一党支持反対」の意見表明を行ったりしました。
するとクラボウは、昭和52年に、浜松駐在を命じて宮崎さんを隔離し(宮崎さんの担当職では、それ以前もそれ以後も浜松に駐在する人はいませんでした)、退職を強要したりしました。その後、昭和62年まで駐在を継続した後、今度は関連会社に出向させ、現在に至るまで17年以上クラボウに戻さないままにしています。昇格面でも、昭和51年以降27年にわたって一切昇格させられず (同期・同学歴の社員は約9割が管理職になっています)。また、賃金面でも著しい差別を受けました。

なお、差別されたのは伊藤さんと宮崎さんの2人だけではなく、クラボウが共産党員と目した従業員に対しては遠隔地への配転や昇格・昇級差別等の差別的処遇が行われました。

3 大阪地裁第1審勝利判決

この事件の民事裁判は、上記2人を原告として、2000年4月17日に提訴されました。裁判では、伊藤さん・宮崎さんとそれぞれの同期同学歴入社の従業員との比較において、昇給・昇格に格段の差があること、AからEの5段階評価であるクラボウの人事評価制度のもとにおいて、2人に対しては20数年間にわたって一貫してE評価を付けてきたこと、クラボウの職制が共産党からの脱退工作を執拗に行っていたこと(脱退工作を受けた従業員が職制から言われた内容を克明に記録していたことから明らかとなる)、クラボウ自らが発行した社史等にも共産党に対する差別意思が表れていたこと、などが明らかになりました。
これに対し、クラボウは、20人弱の従業員の陳述書等を提出し、昇格・昇給しないのは伊藤さんや宮崎さんの仕事に対する評価が低かったからだなどとして反論しました。しかし、クラボウは評価を低くするような仕事上のミスなどを具体的に挙げることはほとんどできず、逆に、伊藤さんや宮崎さんの業績を高く評価している資料が多数裁判に提出されてあわてふためくといった状況でした。
その後、2003年5月14日に一審判決がなされました。
判決は、まず、クラボウの労務政策について、「倉紡労組と労資協調路線をとり、倉紡労組とともに、共産党員をこれに敵対する者として差別的に取り扱い、他の従業員が共産党員あるいはその同調者となることを抑制することを労務政策の一つとしていた」とし、「共産党員及び同党員を嫌悪し、クラボウに対する共産党及び同党員の影響を極力防止すべく、共産党員である従業員に対して、他の従業員とは異なる取扱いをしていた」ことを認め、クラボウが共産党員に対する差別意思を有していると認定しました。
その上で、原告らの処遇を、クラボウが「共産党員であることを理由として他の従業員より低い評価を行い、その結果、賃金面でも低い処遇を行ってきたことによる」と断じ、このような「信条を理由として差別的な処遇を行うことは、人事に関する裁量権の逸脱であり」、労働基準法3条に反し違法であると明確に結論づけました。
その上で、原告らに対する「差別的処遇は、遅くとも昭和51年5月以降、本件口頭弁論終結時まで継続している」 として、クラボウに対し、差別賃金については、原告らの請求額の満額 (約2160万円と約1800万円)を認め、さらに、慰謝料としてそれぞれ15万円、80万円を、弁護士費用としてそれぞれ230万円と190万円の支払を認めました(合計約2500万円と約2000万円)。
これに対し、クラボウは即日控訴し、原告らも後に附帯控訴しました。

4 大阪労働局への告発・強制捜査

一方で、原告らは、この判決を受け、2003年6月10日、クラボウとその人事担当者を労基法3条違反で大阪労働局に告訴しました。
共産党員であることを理由とする差別的取扱いは、「6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金」に処せられる犯罪であるため、犯人の処罰を求めたのです。
大阪労働局は精力的に捜査をすすめ、2004年4月には、クラボウ本社など関係各所の捜索・差押が行われました。その結果、クラボウの差別意思を示す豊富な資料が押収されたようです。大企業が労基法3条違反で強制捜査を受けるというのは、過去にも類例がない画期的なものでした。
その後、この件は、2005年2月9日、大阪地方検察庁に送致されました。労基法3条違反の送致についても、過去に13件しか行われたことがないもので、クラボウのような大企業の送致は極めて異例でした。
こうして、クラボウは、民事裁判でも、刑事手続でも追いつめられていったのです。

5 大阪高裁での和解成立

民事裁判は、大阪高裁に係属していましたが、クラボウの訴訟活動は精気を欠くものであり、もはやクラボウの思想差別については動かし難いと雰囲気の中で進行しました。そして、ついに、2005年3月31日、和解が成立しました。

和解の中心的内容は、①「原判決が控訴人の思想信条による差別的処遇を認定したことを受けて遺憾の意を表する。控訴人は、今後、本和解の内容等も踏まえ、憲法、労働基準法にしたがって、従業員を公平・公正に取り扱うことを確約する」、②クラボウは、解決金として、原告の1人に対して4600万円、他の1人に対して3500万円を支払う、というものでした。また③和解時に在職中の宮崎さんについては(伊藤さんは既に定年退職していた)、2005年4月1日付けで管理職に昇格させることになりました。
なお、刑事手続の方は、和解当日に、大阪地検が本件を不起訴処分としました。ただこの処分は極めて不当なものであったため、現在、検察審査会に申立をしています。

6 終わりに

本件では、伊藤さん・宮崎さんとも四半世紀の長きにわたって思想差別という卑劣な行為を受け続け、これとたたかって来られました。
日々会社の内外でお二人が感じられた悔しさや憤り、悲しみは計り知れないものであり裁判で明らかにされたのはその象徴的な部分にすぎません。また、本件において、クラボウが行ったのは「個人の尊厳」を侵す行為なのであり、その象徴的な部分についてでさえ、本件和解によって償われる性格のものではありません。
本件和解は、過去の裁判例と比較すれば決して水準の低いものではなく、むしろ完全勝利的な和解といえますが僕自身は、思想信条の自由という社会の根源的価値に対する侵害が、この程度にしか解決できない司法の「人権感覚」に強い不満を感じます。
しかし、人の権利が守られるためには「不断の努力」が必要であること、これは日本国憲法が教えるところですし、歴史が教えるところです。伊藤さんと宮崎さんのたたかいは、その「努力」の一つとして歴史に寄与するものだと思います。
(弁護団は東中光雄、斎藤真行、岩嶋修治、小林徹也、河村学)

カテゴリー: 労働 

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