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大阪市バス賃金カット事件 賃金減額を違法とした例

2008-11-18

-大阪運輸振興事件-

大阪市の外郭団体が市職員の人事委員会報告に準拠して賃金減額を行った件について、

 賃金減額を違法とし、差額賃金の支払を命じた例

弁護士 河村 学

 1 本件は、大阪市の監理団体である大阪運輸振興株式会社が、市職員の給与に関する人事委員会報告の支給率に準拠して、大阪運輸振興職員に対して賃金減額を行った事案である。
この事案について、大阪運輸振興の14名の職員が、賃金減額分の賃金請求を行った。その後、以下のように推移し、今般、最高裁が上告不受理の決定をし、大阪高裁判決が確定したので、この件を報告する。
大阪地裁判決2006年3月8日
大阪高裁判決2006年12月22日
最高裁上告不受理決定2008年11月18日

2 事案の概要

(1) 大阪運輸振興は、大阪市の退職者の雇用確保等のために市が主導して設立された株式会社であり、大阪市が実質的な支配株主で、かつ、会社取締役や役職者は市職員の退職派遣職員とOBで占められている会社である。同社は、大阪市の監理団体とされ、経営に関し大阪市が指導権限を有し、その内容については市議会への報告が義務づけられている。
大阪運輸振興の当時の従業員は749名であり、多数組合である大阪交通関連企業労働組合(関企労。組合員数685名)と少数組合である大阪市バス労働組合(市バス労組。組合員数12名)があった。原告らは市バス労組組合員である。
(2) 大阪運輸振興職員の給料は、経歴加算された初任給基準に、年2回一定額の昇給がなされる旨の規定があるのみで、賃金減額の方法や新規採用者以外の賃金が初任給基準により算定されるという規定はなかった。同社職員のベースアップについては、大阪市職員の給与についての人事委員会報告の支給率に準拠、連動して増額改定が行われ、1994年からは関企労との間で賃金改定について労使協定も結んできた。
なお、原告ら職員は2002年4月1日に入社している。
(3) このような状況下で、2003年12月頃までには、人事委員会が大阪市に対して基本給の0.14%の増額を勧告した。
しかし、大阪市はこれに従わずに賃金減額の方針を打ち出し、これに伴い大阪運輸振興も賃金減額の提案を組合に行った。
この提案について関企労とは妥結したものの市バス労組とは妥結に至らず、同社は、関企労と妥結した1.41%について初任給基準を減額改定するとともに、2004年1月1日から全職員に対し賃金減額を行った。
(4) 本件の争点は、賃金減額の法的根拠の有無である。

3 大阪地裁判決

(1) 一審判決は原告らの敗訴であった。
一審判決は、まず、在籍職員の賃金改定については、従前の賃金額に一定率を乗じることによって画一的に改定されてきたこと、及び、就業規則の下位規範である初任給基準を改定することにより、その改定された支給率の内容を在籍職員の賃金にも反映させるという労使慣行が存在したと認定した。
すなわち初任給基準の改定により在籍職員の給料も増減されるという規範が労使慣行として存在するとしたのである。
そして、就業規則の不利益変更の要件を充たす場合には、初任給基準の改定により賃金改定を行うことができると判断した。
(2) その上で、就業規則の不利益変更の要件を充たすか否かの検討をし、財政状況が悪化していること(同社の収益のほとんど全てが大阪市からの受託収入であるから、大阪市が委託費用を減額すれば必然的に同社の収支は悪化する)、原告らが被る不利益は格別大きいものではないこと、多数組合である関企労が本件賃金改定に同意していることなどから、不利益変更の合理性があるとした。
(3) 月額16万円から17万円の基本給である原告らについて年間で最大5万6000円の減額になるという本件賃金改定について「格別大きな不利益とはいえない」と言い切る裁判官の判断は、労働者の生活実態を全く顧みようとしない極めて不当なものであったが、それ以上に、一方では監理団体であっても大阪市とは別の経営体としながら、他方では大阪市の方針に従った賃金減額については外郭団体の職員はは従って当然とする裁判官の根底的な認識に憤りを感じさせる判決であった。

4 大阪高裁判決

(1) 高裁判決は、一審判決を変更し、原告らの賃金請求をほぼ認める判決を行った(但し賞与部分については棄却)。
(2) 高裁判決は、まず、初任給基準は就業規則の下位規範であるとしながらも、文面上は初任給の額を規定したものとしかみることができなのいで、この初任給基準が在籍職員の賃金算定の基準額としての規範を有するものか否かについては別途の考慮が必要であるとした。
(3) その上で、高裁判決は、事実としては、職員の賃金額については画一的取扱いをしてきたこと、改定に当たっては従前の賃金額に一定率を乗じることにより画一的改定が行われてきており、その際同率の初任給基準を改定し、その賃金改定の内容を初任給基準に反映させるという処理が繰り返し行われてきたことを認めた。
しかしながら、同判決は、その事実から直ちに初任給基準改定により在籍職員の賃金が増減するという規範が確立していたとはいえないとした。
(4) そして、具体的には、
①過去の労使交渉においても就業規則の改定という形で問題が提起されたことはなかったこと、
②在籍職員は過去に賃金改定について異議を述べたことはなかったが、それは過去に賃金が減額されたことがなく、初任給基準の記載が職員にとって緊要な問題ではなかったからであること(賃金改定の妥結の結果を初任給基準に反映させていたに過ぎないこと)、
③初任給基準が在籍職員の賃金増減の基礎額になるとか、その改定が賃金の増減に連動するなどという趣旨の規範内容について、
特段の説明・周知された事実がないこと等の事実があることからすれば、「就業規則及びこれと一体をなすものとしての給与規程・初任給基準は、
『成熟した労使慣行』に基づいて上記のような規範内容を含むものであるということはできず、本件給料改定は、就業規則及びこれと一体をなす
下位規範の内容を変更したものと評価することはできないというべきである」とした。
その結果、本件賃金改定は、「判例上許される就業規則の不利益変更という方法によらずに、従業員に不利益に変更したものであり、法律上の正当な根拠に基づくものということはできず、無効である」と結論づけた。

5 終わりに

本件の控訴審判決について、大阪運輸振興が上告受理申し立てをしていたが、これが今般不受理となり、高裁判決が確定した。
自治体の外郭団体においては、自治体の方針に従った労働条件決定がなされがちであるが、本件判決は、その決定過程について、 安易な労使慣行を認めることなく、職員に適用される規定の内容や労使の実態を具体的に検討し、職員に不利な解釈を導かなかった点に意義がある。
外郭団体職員が、使い勝手のよい労働力として利用される昨今において、法的根拠のない労働条件切り下げは許されないという当たり前のことを、当たり前に実践していくことは最低限必要なことである。

 

カテゴリー: 労働 

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