『ミャンマーの学生が学ぶみらいの法律家の学校へ行ってきました』

                                弁護士 本 田 千 尋

20117月末に、タイへ行ってきました。バンコクから車で約8時間、ミャンマーとの国境にあるメーソットいう町に1週間滞在しました。この町は、人口が約28万人ですが、そのうちタイ人は8万人だけ。残りはミャンマー人という町です。そのため、お店の広告などには、タイ語とミャンマー語が併記されています。マーケットに行っても、話されている言葉は、すべてミャンマー語でした。市街地から一歩外に出ると、一面のとうもろこし畑が広がり、牛の群れが草をついばんでいて、トカゲの大きな鳴き声がします。

どうしてそんな田舎町に行ったのかですが、ピースローアカデミー(PLA)というミャンマーの学生が国際人権などについて勉強をする、民間の学校に講師として派遣されたからです。この学校は、ミャンマーの軍事政権から逃れるために亡命したミャンマーの弁護士が中心となってできた学校で、ミャンマーの様々な民族の学生が2年間寝食を共にします。
 この学校をヒューマンライツナウ(HRN)という4年前に日本で設立された、人権NGO団体が支援をしていて、毎月日本の弁護士を派遣しています。その7月の担当として、私が派遣されたのです。
 私の使命は、「日本国憲法の基本的人権を教える」ことでした。
 憲法19条(思想良心の自由)に関しては、いま東京都教育委員会で行われている(そして、大阪府でも条例となった)「君が代」斉唱の強制について取り上げました。日の丸君が代の歴史的背景を話し、1999年になって国旗国歌法となったこと、学校の先生が「教え子を二度と戦争にやらない」という考えのもとで斉唱を拒んでいるのにこれを強制することは人格の核心を侵害することなどを説明したあと、学生らに、教育委員会が行っている処分は19条に違反しないのだろうか、と問いかけました。学生らは、「違反する」と答えてくれました。また、ミャンマーの国歌について、どんな議論があるのか聞いてみました。「ミャンマーは多民族国家なのに、ビルマ族をたたえているから、歌いたくない」、「アウンサン将軍(アウンサンスーチーさんの父)をたたえているから、歌っていい」とか、「多民族みんなで歌いたいから、みんなが歌える歌を国歌としたい」という積極的な意見もありました。



授業風景学生に日の丸を描いてもらいました。)






一人一票運動の広告を示して、ミャンマーでは、政府批判ができないですが、日本では新聞広告を出すことも自由なことを紹介しました。






また日本国憲法14条(平等)では、尊属殺重罰規定が問題となった刑事事件について取り上げました。事件の概要を説明したあと、「死刑又は無期懲役」しか選択できない尊属殺重罰規定について、意見を聞きました。学生は、自分が裁判官だったらどうするのかと真剣に考えてくれました。議論のあと、日本の最高裁で出された判決(尊属殺重罰規定は憲法違反と判断し、被告人を懲役2年6月、執行猶予3年とした。)を説明すると、学生らは拍手して、最高裁の判断を支持してくれました。

 このように、日本で問題となった事件について学生らに問いかけをしていきました。学生らは、法的な知識はあまりないのですが、人権感覚が鋭く、また私の問いかけに真剣に考えて意見を発表し、これに対して他の学生が真剣に反論するという感じでした。私の大学時代でも、ひとつの事柄にこれだけ真剣に議論したことはあっただろうかと思いました。この学生らが、ミャンマーで民主国家が誕生したときに、活躍する姿を思い浮かべました。





学校にある池に咲くハスの花









    マーケットで出会った女の子


    牛飼と牛の群れ