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A広告代理店事件

2001-02-26

A広告代理店事件(K事件)弁護士 河村  学   

1 本事件は、大手広告代理店に派遣社員として就労を継続してきたK氏が、実質的な解雇の宣告を跳ね返し、
当該 広告代理店の直接雇用を勝ち取った事例である。

2 紛争の経緯
 Kさんの就労の経緯は、本人の言葉によれば次のようなものであった(民主法律時報340号参照)。
 「私は、広告代理店であるA社の関西支社に16年前、業務委嘱(直接雇用)として入社しました。当時、勤続年
数の長い人から先に準社員になれる制度がありましたが、突然廃止され、B社というグループ内の派遣会社に身分
を 移され、11年前に派遣社員として身分変更を余儀なくされました。その際の会社説明会で、「会社の都合によ
り皆さんは派遣社員となりましたが、B社の免許では関西では派遣業務ができないので、A社にて定年まで勤めるこ
とができます」と約束されました。以降11年間、正社員と仕事の内容が同じなのに待遇面ではかなりの格差はあり
ました。しかし、仕事についてはやりがいのある仕事でしたので、会社に対して不満は一切言いませんでした」
 このように、K氏は、A社の都合で、準社員登用慣行の廃止や派遣会社への転籍などが一方的に行われ、また、A社
正社員と比べて半分以下の賃金であることをはじめ、差別された労働条件の下におかれながらも、仕事がしたいとい
う思いで文句も言わず働いてきた。しかるに、A社は非情にも、K氏を他の短期の派遣社員と同列に扱い、2000
年3月末に派遣契約を終了する旨の話をしてきたのである。
 しかも、その派遣会社であるB社は、A社の子会社で、かつ、関西に事業所はなく、就業状況の確認等の連絡は専ら
FAXのみで行うだけで、有給休暇の取得等もA社の職制に届けるなど、労働条件の決定に関する事柄はすべてK氏
とA社との間でなされてきたのであり、B社の関与は全く名ばかりのものであった。

3 闘いの内容
 K氏から相談を受けた派遣研究会では、すぐさま弁護団を結成し、また、K氏と広告ユニオンとをつないで、今後の
方針を協議し、雇用継続を最重要課題として取り組むこととした。
 その後、弁護団から直接雇用を求める内容証明を送り、それと同時に派遣法違反で公共職業安定所への申告を行っ
た。また、広告ユニオンへの加入通知と団交申入をA社に行った。このようなK氏の対応にA社はかなり驚いたよう
で、3月末の期限直前にようやく「2000年4月から6か月間は従前と同様の派遣社員として就労させ、その後は
業務委託とする」との回答があった。
 対策会議では、この提案をのまなければ3月末の雇い止めもあり得るということで対応に苦慮したが、6か月の雇用
約束というだけでは根本解決にならないことと、雇い止め(解雇)されてもいいから徹底的に闘いたいというK氏の
熱意があったことから、あくまで直接雇用を求めていくことを確認した。
 その後、少なくとも6か月は暫定的に現在の状態で推移させるべきことをA社側に申し入れた後、東京の渋谷職安か
らも3月末に雇い止めをすることがないよう指導させ、4月以降は事実上就労を継続した。これに対しA社は9月
30日で派遣契約を終了するとの記載を盛り込んだ雇用契約書への押印を迫ったり、従来認められてきた人事異動の
際の説明会に参加させなかったりとの対応に出てきたが、弁護団はすぐさまこのような雇用契約書への押印は拒否す
る旨内容証明を送ると同時に、A社側の要請を無視して従前どおりの就労を継続した。そして、このような状態で
あったが4月分の賃金も従来通り支払われ、9月までの就労は事実上確かなものになった。
 その後、直用化交渉は難航し、7月に入ってもA社は「9月からは業務委託」という態度を変えようとしなかった。
この間、弁護団では何度か大阪府労働局へ指導を出させるための交渉を行っていたが、暫定的な雇用状態の終期が近
づくに及んで、地位確認訴訟の提起を準備するとの方針を立てた。
 ところが、7月末になって、急速A社から、直接雇用を認める旨の連絡が入った。その背景には、渋谷職安からB社
への調査が入り、K氏の件を解決しなければ業務停止もあり得るとの厳しい指導があったようである。
 8月に入ってからは、具体的契約条件を詰め、結局、60歳定年まで働く嘱託社員として直接雇用を認める。賃金に
ついては、正社員の8割程度で、従来からすれば200万円程度のアップを認める。従来の就労期間については嘱託
社員として経過換算する等の条件で合意することとなった。

4 若干の感想
 本事件は、派遣労働者が長期に派遣先で働いてきた場合の解決方法として、現段階では最も望ましい形で決着ができ
た事例であると思われる。このような決着ができた要因は様々あるが、大きな要因として、解雇の危機に直面したK
氏が、従前より仕事にやりがいを感じ生き生きと就労してきたこと、判断が難しい局面でも「解雇されてもいいから
自分の考えが間違ってないということを認めさせて欲しい」と闘う姿勢を明確にし、かえって周囲を励ますという態
度であったことは特に指摘しておきたいと思う。K氏は現在も従前の職場でバリバリと楽しく働いておられるようで
ある。

5 最後に(K氏自身の感想から)
 「私の勝利です。1999年の11月からの9か月間長いたたかいでしたが、4人の弁護士の方々、広告ユニオンの
方々、ハローワーク、応援をしてくださったA社の正社員の方々、そしてA社の正社員として勤めていながら「会社
は間違っていると思う。気の済むまでたたかえ』と言ってくれた夫。このたくさんの方々が、私のために力を貸して
くださったおかげで勝つことができました。何度か途中で諦めかけましたが、みなさんの励ましでここまでこられ
て、本当に泣き寝入りせずたたかってよかった。2000年10月1日から、嘱託社員になれました。本当にありが
とうございました。」

カテゴリー: 労働 

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